真摯で、誠実なことが大切。けれども自分のことをぞんざいに扱う人にもそうしていたら疲れてしまうな。別に上手くやらなくていい、上手くならなくていい。そういうそこそこな場所があってもいい。人間として失礼なことをしなければ。と、GPTに話して落としどころを見つける。
一方で、磨いていきたい場所もある。厳しいことを言われても、ここではもっともらしい理由をつけて逃げてはいけないと思う(幸い優しい方だけど)。
生活を書いて本にしているからといって、生活そのものが誰かより優れていると思わないこと。生活に優劣はない、生活はただの生活。自分の生活こそ、考えこそ、表現こそ至高だと思うことが、ひいては大きな災いへつながっていくと昨夜の映像の世紀を観て思う。