2025/01/17

突貫で仕上げた文フリ用のフリーペーパーが届く。折り作業をして写真を撮り、これからSNSに投稿しようと思っていたところで引き取り訓練の案内が届く。

帰宅してから、上の子と一緒に震災記念碑公園へ行く。「ここ知ってる。前の保育園で来たことある」と、連れてきてもらっていたことを覚えていたようだった。白いカーネーションを手向け、手を合わせる。「なにお願いしたと思う」と上の子は言う。前の保育園でも、今の幼稚園でも震災の話はされただろうし、私もしたし、今朝はテレビで震災の特集を観た。先日行った人形劇のイベントでも、主催の方が涙ぐみながら当時の写真を手にして震災の話をしてくださった。上の子自身も「今日地震があったんでしょ」と言っていたけれども、まだ分からない部分があるのだろう。

公園にある震災当時の写真を眺めていると、新聞記者に声をかけられた。「どなたか被災されたのですか?」と尋ねられたので「いえ」と返し、一昨年まで子どもが保育園の先生方に連れてきてもらっていたから来た旨を伝える。震災当時ここには住んでいなかったことを付け加えると「はあ〜そうなんですね〜ありがとうございました」と言われ話は終わる。なんのネタも持ち得ていないと判断されるぐらい、私は部外者なのだなとあらためて思う。

そんな部外者でも震災について考えるきっかけを与えてくれた、保育園の先生たち、人形劇の方々、風文庫の長谷川さん、一昨年の今日、川沿いの道に震災当時の写真を並べていたどこの誰とも知れない人、すべての伝えようとしてくれている人に感謝している。こうして花を手向け、記者に話しかけられ、部外者だと実感したことではじめて震災が自分の思い出になったような心地がしている。

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