文学フリマ京都へ。10月以来の京都。最近京都へ行くときは、大切な人に会いに行くような気持ちになる。
体力を使う一日になるのは分かっていたので、はじめてプライベースに乗ってみる。ゆったりしていて快適なのはもちろん、個室感があるので人目を気にせず車窓からの景色を撮れるというのが思わぬ利点だった。
淡路要塞、斜めに光射す駅のホーム、朝日に照らされた屋根たち、教会の十字架。呼吸をはじめたような午前8時の街を撮り続ける。桂手前から見える京都タワーが好きなのだけれど、遠すぎて撮るのは難しかった。いつも長いな、と思う京都までの時間を、あっという間に感じた。写真を取ることは、対象と向き合うこと。それにはたくさんの時間を要することを体感する。
東山から大鳥居へ。自治会の方々がゴミ拾いをしていた。初めて見る光景。入場までは向かいの蔦屋書店でモーニングを食べようと思っていたけれども、満席だったのでロームのファミマでパンを買い、花のない枝垂れ桜の下に腰掛ける。
凧揚げをする子ども、風をつかって舞い上がる凧。芝生にレジャーシートを敷いて、親子が朝からカップ麺をすすっている。食べる前にカップ麺でカンパーイしていていいなと思う。この街を離れて10年以上経ったけれども、振り返りをする気分にはまだならない。
今回の文学フリマはご厚意で本のすみかさんのブースに立たせていただけることになった。
東京のイトマイさんで『今日は思い出す日』を手に取り京都まで来られたという方や、小説を書いている頃からいつも訪れてくださっている方。昨年の文学フリマ大阪でうまく感謝を伝えられなかった就活生の方が再び来てくださったり、楽しいひとときだった。最初は12時までの予定だったけれども、そんな風に本を直接手渡せるのがうれしくて、結局最後までお邪魔してしまった。
ブースに来た方に『いろいろな本屋のかたち』を読んだ感想を直接伝えられて、それをきっかけに見本誌を手に取ってパラパラ見てくださったりするのもうれしかった。話すのと書くのは違うけれども、ああそうか感想ってこういう心持ちで書けばいいのかと思ったり。それがいい本であれば、自然と言葉は出てくる。
ブースにはたくさんの方が訪れてくださり、本のすみかさんはその誰もに作り手として接されていて、本屋とお客さんというよりは作り手と買い手の空間になっていて、とても居心地が良かった。
自分も本屋をやってみたいという方もたくさん来られ、そのうちのお一人に本のすみかさんが「屋号をつけたらもう本屋です」とおっしゃっていたのを聞いて、私も勝手に励まされる。
文学フリマ京都の来場者数は過去最高だったらしい。会場もすごい熱気で、これだけ本気で作られた本たちがあるのだから、こっちも本気で選ばないとという気持ちでまわった。次はもう全体はまわれないかもしれないと思う。あっというまの6時間だった。本やフリーペーパーを手に取ってくださった方、そして本のすみかさん、心からありがとうございました。
夜は同じく出店されていたライター塾の打ち上げに参加させていただく。いつもひとり出店かつ途中退席だったので、文フリ後の高揚感を共有できる場があるのっていいなと思う。グループ出店ならではの大変さや良さを勉強する。
帰ってからは、買った本をパラパラと。モリコレbooksさんの『モリコレ本屋探訪記』はいい意味でこちらを向きすぎていない、ただただ本屋さんと本と向き合って、それが文章になってしまったというような本。力みのない文体に癒され、くすっと笑わされ。だから文フリはいいんだよなあと思う。
アイデアだけ、テーマだけ、切り口だけなのはばれてしまう。一生懸命でないのもばれてしまう。対象への愛が溢れている文章を、そしてその文章がそのまま物として立ち上がったような本を作りたいと思う。

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