同じく京都好きの方とコメントをやり取りしていたところ「(京都に)自分の居場所のようなものがほしいなと思っています」という返事をいただく。しばらくして、ああわたしもそうだと、大学卒業後ずっと抱えていた、京都とどう関わりたいかという考え事がゆっくりとクリアになっていくのが分かった。
京都で旅行団体のスタッフをし、京都の何かしらに関する専門家になることや、観光関係の仕事がしたいわけではないと思い。一時教員をやるも、教員がやりたいわけではないと思い。京都が舞台の小説を書くも、楽しくはあれどずっと書き続けている自分が見えず。京都の本やサイトを作るも、結局書きたくなるのは普段の日記の延長のもので、ガイド本のようなものは作れないなと思い。
結局、あの風景を眺めて、学生時代のように心の内を話せる誰かがいればそれでいいのではないか。なら住むしかないのではという答えがでかけていたところに、上記のようなコメントをいただいた。
仕事でなくても、ただ居場所があればいい。そして居場所なら住まなくてもつくれる。それがどんな場所かはまったく分からないけれど、これからも気長に、できる範囲で京都に関われることを続けて、心地いい居場所を作れたらと思う。
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