六甲へ上の子と買い物へ行く。阪急六甲で下車し散歩がてらJRまで。陽のあたる坂道を下りながらまずはフクギドウへ。噂に聞いていたとおり素敵なうつわ屋さんだった。
六甲八幡神社を横切ろうとしたところ、子どもがお参りしたいと言うのでそのまま境内へ。阪急の車窓から見える森も、下車したときから聞こえていた鳥たちのさえずりの大元もこの神社だったのだ。参道は立派で、社域も広大。今は民家の建ち並ぶあたりも細く曲がりくねった道が入り組んでいて、元々は神社の土地だったような趣がある。参道の先には宮前商店街という名の商店街があり、どう街が成り立っていったのか(そして震災でどう変わったのか)気になった。
七五三のお参りをしている家族が数組いて、みなお祝いの風船を持っていた。昼前の陽射しのなかを、ぽんぽんと風船がひっぱられたり浮かんだり。稲荷社に差し込む陽射しも秋らしく、木々の生い茂る境内をすっきりと見せていた。駅前とは思えない穏やかな時間が流れていた。
口笛文庫を訪ねるもひと月休みますとの貼り紙が。さらに下って六甲本通商店街へ。入り口に大きなコープがあるのが、神戸という感じ。向かいはケルン。焼きとり屋さんの店前には独立したショーケースにももやねぎまが並んでいて、その隣にはテーブルがありお年寄りが集っている。トミーズの店先にも荷運び用のケースが積み上げられていて、道路を自在に使っている雰囲気に非日常を感じ「商店街っていいなあ」とつい子どもに話しかけてしまう。
JRを超えた先には六甲道南公園が。駅と駅のあいだ、繁華な街中に現れる広大な公園もまた非日常。後から調べると災害時の一時避難場所にもなるとのことだった。長いスロープのような場所は「イタリア広場」といいこれも震災に際してイタリアから寄贈されたものらしい。今日は灘区のこども居場所フェスタという、子どもを支援する団体が一堂に会するイベントが催されていて、たくさんの子どもたちが公園で遊んでいた。
駄菓子やボールすくい、読み聞かせ。いろんな遊びのほとんどが無料。スタッフの方とお話しすると「私たちも他の人たちはこんなことをやってるんだと分かるからいいんですよ」と笑顔で話されているのが印象的だった。
誰も震災のことは話していなかったけれども、うっすらと震災のことが頭にあった。震災の名残が目に見える、触れられるかたちで日常にあることは、のこすことや語り継ぐことと同じような効用があると思った。
最後に本題の買い物。JRで帰宅する予定が電車が止まっていたため、バスで阪急へ。来た道をふたたび上ってゆく。西陽に目をそばめながら、なんとなく六甲の街が懐かしい感じがするのは坂道のせいなのだと気づいた。陽のあたり方が違う。西陽は眩しいけれども、どの時間のひかりも温かくやわらかい。
阪急六甲のブックファーストを少し覗くときちんと高山なおみさんの棚があった。『毎日のことこと』を手に取る。上製本のしっかりした手触りに、ざらっとした質感の紙が心地よい。ゆったりめに取られた天地と上品な書体が、文章の雰囲気とぴったり重なっていて衝動的に書いそうになったけれども我慢。「友達に宛てた手紙のように書かれた本」という趣旨のポップも良く、ブクログの読みたい本に追加する。


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