楽しいこと

深夜、喉が渇いたと上の子に起こされ、お茶を持っていくと少し飲んだところでコップをひっくり返す。いつもならあーあという感じだが、シーツを取り替えた後も怒りで目が冴えてなかなか寝付けなかった。そのあとはずっと自分が自分でなくなりたいと、死にたいというよりは生きることを早くやめてしまいたいという気分で暗闇を見ていた。

子どもたちはかわいい、うれしいこともある、気持ちも今まで過ごしてきた人生のなかでいちばん穏やかだ。けれども何をしていても楽しくなく、それがこうしてふとしたとき日常の裂け目から顔をだしてわたしを無気力にさせる。「楽しい」がどういう手触りだったか思い出せないでいる。自分のしていることは無駄なことだといつになったら思えなくなるのか。実際に無駄なのか。

絶望は寝ても覚めてもそこにある 枕の下の青白い染み

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