疲れると何も思い浮かばなくなる。書き留めることもなくなる。
実家に帰ってきて五日。掃除も洗濯も食事もすべてしてもらっているのに、母の心無い言葉(それは相手を傷つけようと思って言っているのでなく、言ったら相手がどう思うかなど考えず放つほんとうに心の無い言葉)に苛立ち、疲れ、無気力になる。
母は大谷選手と水原通訳のことを本気で考え、本気で言及している。実際にはテレビの前でぶつくさ言っているだけで、そうすることが家族団欒だと思っているようなところがある。家事をしてもらっているありがたさ、申し訳なさ、一緒に暮らしていない罪滅ぼしとして寝かしつけ後の時間をその団欒に費やしていたけれども、一人の時間が一瞬たりとも無いのがあまりにしんどく今日からやめることにした。
子どもたちの眠る部屋の隅、地べたに座布団をひいて座椅子にiPadとキーボードをおき自分のスペースをつくる。どうしてもっと早くこうしなかったのだろう。三畳の部屋が安心できる場所だった思春期の頃を思い出す。
