一人ひとつの

今日は自分たちで作ったかるたをしたと、お迎えのときに幼稚園の先生からお話があった。何の文字を作ったのかと上の子に尋ねると「急に風が吹いてきてお花がダンスした」と書いたと言うので「じゃあ『き』の文字だったってこと?」ともう一度尋ねると「そう」と答えた。けれどもしばらくしてから「違う」と言う。「『大きな太陽がピカピカ光って、急に風が吹いてきてお花がダンスした』だった」とのこと。つまり「お」の文字のかるたを作ったらしい。では「お花がダンスした」だけでよいのではと思ってしまうけれども、そうならないのが幼稚園児。他の子たちも「犬を歩けば棒にあたる」みたいな短いセンテンスではなく、小さなお話のようになっていて面白かった。こんな一人一つの物語は、いつ消えてしまうのだろう。

下の子は最近、思っていることをこちらに投げかけてくるようになった。前までは一人で黙々とミルクの空き缶に積み木を入れたり出したりして遊んでいたが、今はときどきこちらを向いて「だ!」と言って積み木を差し出してくる。

上の子にもこうした時期があったはずだがもうあまり思い出せず、写真共有アプリの動画だけが頼りだったりする。下の子のことも「めばえ」を観るたび「生まれたときどんな風だったけな」と記憶が曖昧になりつつある。忘れてしまうことばかりだと思う。

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